★キノの旅 人の痛みが分かる国★                         
                         


ナレ  世界は美しくなんかない…。それ故に美しい…。人間キノと言葉を話す二輪車エルメス。     彼らが出会う人々は少し悲しくて、とても愛おしい…。     『キノの旅−人の痛みがわかる国−』 SE   バイク音 キノ   やっぱり…だれも…いない エルメス キノぉ、入国審査も、機械だけだったんだよね キノ   うん エルメス ここって、人間が一人もいない国だったりしてねぇ キノ   不吉なこと言わないでよぉ。おなかぺこぺこで倒れそうなんだからさぁ エルメス ・・・ ナレ   エルメスの予言は、その通りになった。そして、キノの腹は無事にふくれ、エルメスは燃料を補給し、      安眠できる寝床も確保できた。だがそれは、機械の手によってだった。  翌朝、キノは夜明けと共に起き、地図にあった居住エリアへと向かった      そのほとんどは森で、所々、木々に隠れるように家が建っていた。だが… エルメス ん〜〜…これだけ走って誰にも会わないなんて〜…機械が正常に作動しているんだから、      人はいるはずなのに…。ねぇ、キノ。…キノ? キノ   おっかしいな…。もっと倍率を上げなきゃ… エルメス キノ、狙撃用のスコープで覗き見するのは関心できないけどね。 キノ   見つけたよっ!人だ! エルメス ホント!?ホントに!? キノ   あぁ…。機械の修理をしてるみたいだ…。行ってみよう!      ……おはようございます。 男    お?……おぉ!!?!?!な…なぁ…!!? キノ   あぁ…すみません、驚かせてしまって…。 男    だ…だだだ…誰……○×△■※…!?!? キノ   …え?…。 エルメス キノ、言葉が違うんじゃない?彼はこれで、自己紹介してるのかもよ?      エレダダ・イイツイさんかなぁ? キノ   いやぁ・・・そんなはずは・・・ 男    き…君たちは…私の思っていることがわからないのか? エルメス はぁ?分からないって〜…そりゃもちろん… 男    えぇっ!!?君たち、本当に僕が何を思っているか、分からないんだねっ!? キノ   分かりません。なにをおっしゃっているか、分かりますが… 男    おぉっ!?僕にも君たちの声は聞こえない…!!あは…あはぁっ!!なんてこったい!?      はっ!?君たち、旅の人だね? キノ   はい… 男    すばらしい…!なんて素敵なんだ!!はっ!?そうだ!?一緒にお茶をどうだい? キノ   なぜ、こんなに離れて暮らしているか、よかったら教えてもらえますか? 男    あぁもちろんさっ!全部話してあげるよ! ナレ   男の家には、他に誰もいなかった。男は、おもしろい香りのお茶を振る舞ってくれ、      自らもそれを一口飲むと、ようやく落ち着きを取り戻した。       男    ふぅ…。嬉しいなぁ…。誰かとこんな風に会話を交わすのは…。何年ぶりになるだろう…       キノ   それは、この国の人たちが、表に出てこないのと関係があるのでしょうか。 男    あぁ…。ここは、簡単に言うと、「人の痛みが分かる国」なんだよ。 キノ   人の…痛み? 男    そう。君たち、親に言われたことないかい?人の痛みが分かる人間になりなさい。      人のいやがるコトはしちゃいけない…。 ナレ   男の話はこうだった。機械が仕事のほとんどをやってしまい、暇をもてあました人々は、      頭脳を使う様々なコトに挑戦した。そして、人間の脳を研究していたある医者グループが、      人間同士の思いを、直接伝えあうコトが出来る新薬を完成させたのだ。 男    僕が頭の中で考えたコトが、口にしなくても相手に伝わる。俗っぽく言えば、テレパシーって      やつだね。心の底を伝え合えれば、もっとお互いに分かりあえる。なんて素晴らしいんだと。      すべての国民が、その薬を飲んだ…。 キノ   それで、どうなりました…? 男    …。ここから先は、僕個人の体験を語ろう…。 回想 男    『どうだい…?わかるかい…?』 女    『あぁ・・・分かるわ…!あぁ・・・あなた!愛してるわ…!』 男    『嬉しいよ…!僕も愛してる…!!誰よりも君を…愛してる!』 男    僕には恋人が居てね…。薬を飲んですぐは、夢中になって、お互いを愛してると伝え合ったもの      さ…。はは…今思うと笑っちゃうけどね…。でも、そんな甘い時期は、長くは続かなかった…      ある日、僕は彼女がハーブに水をやっていて、そしてあげすぎてしまったのを見てしまったんだ      …。そして…僕は…つい、…思ってしまった…。 男    『この前…注意したのに…何度言ったら分かるんだろうな…』 女    『え…?何よ…何度言ったらって…私をバカだと思ってるの…?』 男    『え…。…そうかっ…思ったことが伝わっちゃうんだっけ…まずいな…』 女    『あなたがそんな冷血人間だなんて、いくら頭がいいからって…エリートぶっちゃって…』 男    『エリートぶる?君は僕をそんな風に思ってたのか?』 女    『あんたみたいな冷血人間と一緒になんていられないわっ!!』 男     ……こんな調子で、ずっと言い争い。いや、思い争いが続いてね。       彼女は、あなたとなんて一緒にいられないわと…。捨て思いを残して去っていった…。       とんだ笑い話さ…。でも…僕たちは笑い話ですんだから良かったんだ…。       そういえば、若い女性に近づいただけで婦女暴行罪とわいせつ物陳列罪で訴えられた       ヤツもいたな…。       エルメス  へぇ〜……。 男     他人の痛みが分かれば、その人に優しくできるなんて…。とんでもない大嘘だったんだ。       それに誰もが気付いてからだよ。みんなが表に出てこなくなったのは。       人と離れれば…思いは届かなくなる…。そう…。遠くの音が…だんだんと聞こえなくなるよう       にね…。 SE    バイク音 キノ    お茶、ごちそうさまでした…。おいしかったです…。それじゃ…。 男     あっ…!…。あの…。……もし良かったら…。ここで暮らさないかい…? キノ    残念ですが、僕は旅を続けます… 男     あ…えと…ぁ…いや…。あの〜……。 キノ    それじゃ、失礼します。 男     ぅん……。道中、気をつけて…。 SE     走り出すバイク音 エルメス  キノぉ〜。最後にあの人としばらく見つめ合ってたじゃん。 キノ    …えぇ?あぁ…。僕に…死なないでねって思ってくれた気がしたんだ。 エルメス  ふ〜ん…それで? キノ    ありがとう…。って。答えた。 エルメス  それって…きちんと伝わったのかな… キノ    さぁね…。